「なりすまし投票」はなぜ許されない? 問われる罪と刑罰を解説
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令和3年7月、愛知県内の町長選において「なりすまし投票」を行おうとした疑いで2名が書類送検された事件が報道されました。この事例のように、公職の選挙において、他人になりすまして投票する行為は違法です。
しかし、「どうせ投票せずに無駄になってしまうなら1票を有効に活用すればよい」「そもそも1票くらいの不正があったところで、結果に差は生じないのではないか?」といった疑問を感じる方もおられるかもしれません。
本コラムでは「なりすまし投票」で問われる罪や科せられる刑罰、選挙違反が取り締まり受ける理由、なりすまし投票にあたる行為の例やなりすましが発覚した場合の流れなどについて、ベリーベスト法律事務所 豊橋オフィスの弁護士が解説します。
1、なぜ「なりすまし投票」はだめなのか? 問われる罪と罰則
「なりすまし投票」は、別名で「替え玉投票」とも呼ばれています。
以下では、なりすまし投票が法律で取り締まりを受ける理由や、問われる可能性のある具体的な罪を解説します。
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(1)なりすまし投票が取り締まりを受ける理由
日本国憲法第15条3項では、公務員の選挙について、成年者による普通選挙を保障しています。
また、選挙権については、性別・財産・学歴などによって差別されず、有権者1人につき1票が平等に与えられるという「一人一票の原則」が存在しています。
そのため、1人がほかの有権者よりも多く票を投じることは認められていません。
もし、他人になりすまして投票する行為が許されてしまえば、1人の有権者が複数回にわたって投票できてしまうために、選挙の平等・公正が侵されてしまうことになります。
「公職選挙法」は、国会議員や地方公共団体の議員などを選出する選挙において、日本国憲法の精神にのっとり選挙の平等・公正を守るために存在しています。
そして、公職選挙法には、他人になりすましたうえで投票する行為を罰するという規定が明記されているのです。 -
(2)なりすまし投票で問われる罪
なりすまし投票は、公職選挙法第237条2項の「詐偽(さぎ)投票」にあたる行為です。
「詐偽」とは「いつわる」という意味であり、氏名などを偽って投票した者、または投票しようとした者は処罰の対象となります。
公職選挙法といえば、一般的には、「当選を望む立候補者やその支援者などによる不正を規制するための法律」というイメージが強いかもしれません。
しかし、有権者が対象となる規制も存在していることに注意していください。 -
(3)なりすまし投票の罰則
なりすまし投票には、2年以下の禁錮または30万円以下の罰金が科せられます。
さらに、刑事裁判が開かれて禁錮の有罪判決を受けた場合は、刑の執行が終わるまで、または執行猶予の期間が満了するまで、選挙権や被選挙権といった公民権が停止されます。
2、なりすまし投票にあたる行為の例
公職の選挙では、自分の意思で立候補者の名前や政党名を投票用紙に記載して投票することが原則です。
以下では、なりすまし投票にあたる行為の例を解説します。
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(1)他人の入場券を使ってなりすまし投票した
投票所に入場券を持参して行くと、選挙管理委員会が用意した選挙人名簿との照合を受けることになります。
身分証の提示などを求められることはないので照合に問題がなければ投票用紙が手渡されますが、他人の入場券を使う行為は「詐偽の方法」にあたるために違法です。
たとえば、家族や友人などから「自分の入場券で投票してきて」などと依頼された場合にもなりすまし投票にあたり、依頼された側と依頼した側の両方が処罰の対象になります。 -
(2)入場券を持参せず口頭確認のみでなりすまし投票した
投票所に入場券を持参して行かなくても、口頭で氏名・性別・生年月日が確認できれば選挙人名簿との照合が行われます。
この措置は、入場券を忘れたり紛失したりした人でも投票できるように設けられているものです。
しかし、照合に問題がなければ、他人になりすますことができてしまいます。
ただし、照合の際に生年月日を正しく言えなかったり、自分の氏名などを述べるのに同行者に確認をしたりするといった行動がある場合には、不正が見抜かれてしまう可能性があります。 -
(3)不在者投票制度を悪用してなりすまし投票した
選挙には、投票期日に投票所へと出向くことができない事情がある人でも投票できるようにするための、「不在者投票」の制度も用意されています。
たとえば、身体に重度の障害をもつ人や海外に滞在している人、海外で操業する船舶の船員などは、指定された期日や場所での投票ができないので、郵送やファクシミリといった方法での投票することが可能です。
不在者投票には選挙管理委員会や警察官などの監視がないためになりすましも容易ですが、事情を知る人からの密告などによって発覚するおそれもあります。
3、なりすまし投票が発覚するとどうなる? 刑事手続きの流れ
以下では、なりすまし投票が発覚してしまった場合の、刑事手続きの流れを確認していきます。
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(1)身柄事件と在宅事件にわかれる
なりすまし投票が発覚しても、必ず逮捕されるわけではありません。
警察の捜査は、容疑者を逮捕して身柄を拘束する「身柄事件」と、逮捕せず任意の身柄として捜査を進める「在宅事件」にわかれます。
また、そもそも、警察の捜査には「任意捜査の原則」があるため、原則として不必要な逮捕は行われません。
しかし、逃亡や証拠隠滅のおそれがあるため任意の方法では捜査を進めるのが難しい場合は、裁判官の許可を受けて逮捕状を請求して、逮捕状の発付を受けたうえで身柄を拘束することもあります。
なりすまし投票は「特定の候補者や政党を当選させたい」という意思を背景に行われることが多い不正であり、通謀や証拠隠滅をはたらくおそれが強いため、逮捕の危険が高いといえます。
なお、身柄事件と在宅事件は、刑事手続きの流れが異なるだけで罪の軽重には影響しません。
身柄事件でも軽い処分で済まされることがあれば、在宅事件でも厳しい結果になることもあるという点に注意してください。 -
(2)身柄事件の流れ
警察に逮捕されると、警察の段階で48時間以内、送致されて検察官の段階で24時間以内、合計で最大72時間の身柄拘束を受けます。
さらに検察官が勾留を請求すると10~20日間の身柄拘束を受けるので、逮捕されて最大23日間は社会から隔離されて、自宅へ帰ることも会社などに行くことも許されません。
また、勾留が満期を迎える日までに検察官が起訴すると、容疑者は「被告人」として刑事裁判を受ける身となります。
被告人としての勾留は実質無期限であるため、保釈が認められない限り、刑事裁判が終了するまで釈放されることはありません。 -
(3)在宅事件の流れ
在宅事件として処理される場合には、取り調べなどの都合に応じて呼び出しを受けて警察署などに出向き、捜査に応じることになります。
もっとも、なりすまし投票をはじめとした選挙違反事件の捜査は早急に事実を明らかにする必要があるため、連日のように警察署への呼び出しを受けて取り調べを受けることになるでしょう。
また、警察での捜査を終えると検察官へと書類送検されます。
検察官が起訴すると被告人として刑事裁判を受ける身となりますが、在宅で起訴された場合には勾留がされないため、指定された期日に自宅から裁判所へと出頭して、裁判を受けることになるのです。
4、なりすまし投票をしてしまったら弁護士に相談を
公職の選挙におけるなりすまし投票は、公職選挙法違反になります。
たとえ「違法だと知らなかった」と主張しても罪を免れることはできないため、身に覚えがある場合やすでに警察捜査の対象になっている場合には、すぐに弁護士に相談することが大切です。
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(1)自首による処分の軽減をサポートできる
もし、まだなりすまし投票が発覚していないなら、自らの罪を白状して「自首」することで処分が軽減される可能性があります。
自首とは、まだ捜査機関に発覚していない犯罪について、自ら申告して処分を求める手続きです。
自首が認められた場合は、刑法第42条1項の規定によって「刑の減軽」を受けられる可能性があり、罰則の上限・下限が半分に減じられます。また、自首は「逃亡・証拠隠滅を企てる意思をもっていない」という表明としての効果をもつため、逮捕が見送られて在宅事件として処理される可能性も高まります。
ただし、他人になりすまして投票したことがすでに選挙管理委員会や警察に発覚しているかどうかを知る方法はありません。自分では自首をしたつもりであっても、すでに警察がなりすまし投票の容疑者として特定して捜査を進めている段階であったなら、自首は成立せず任意出頭という扱いになります。
任意出頭には法律による刑の減軽の規定が適用されないため、罪を認めて自ら出頭した姿勢は評価されても、自首ほどの有利な効果は期待できません。
自首すべきかどうか、個人で適切に判断することは困難です。また、個人が単身で自首することで、逃亡や証拠隠滅を図るおそれがないのに警察が強引に逮捕へと踏み切る事態に発展するというおそれもあります。
そのために、自首を検討されている場合にも、まずは専門家である弁護士に相談して、自首が有効な状況かどうかについてアドバイスを受けることをおすすめします。
また、警察署への自首に弁護士が同行することも可能であるため、不当な逮捕を抑止するためにも、弁護士に同行を依頼することも検討してください。 -
(2)刑事事件化してしまったときのサポートが期待できる
なりすまし投票の容疑者として捜査が進められると、関係者との通謀やなりすましに関するメッセージなどの削除といった証拠隠滅を防ぐために逮捕される可能性は高いといえます。
警察に逮捕されると、最大23日間にわたる身柄拘束を受けて社会から隔離されてしまうので、家庭・仕事・学校といった社会生活に大きな悪影響が生じます。
また、選挙に関する不正は「社会的に許されない悪質な犯罪だ」という評価を受けやすいので、検察官としても起訴に踏み切る可能性は高いでしょう。
なりすまし投票が発覚して警察の捜査を受けている場合には、まずは逮捕の回避や身柄拘束からの早期釈放のための対応を優先的に行う必要があります。
弁護士に依頼すれば、捜査機関へのはたらきかけによる逮捕の回避や、逮捕・勾留されている状態からの早期釈放に向けた弁護活動が期待できます。
とくに悪質な意図があったわけではないことも、弁護士が証拠にもとづいて客観的に主張すれば検察官や裁判官に正しく伝わりやすくなるため、不起訴や略式起訴による罰金といった有利な処分を得られる可能性が高まります。
5、まとめ
公職の選挙で他人になりすまして投票した場合や投票しようとした場合には、公職選挙法に定められている「詐偽投票」として処罰の対象となります。
状況次第では逮捕の危険も高く、刑罰や公民権停止といった重いペナルティも課せられる犯罪であるため、身に覚えがある方は速やかに弁護士に相談して、解決に向けたサポートを求めてください。
ベリーベスト法律事務所では、刑事事件に関するご相談を承っております。
なりすまし投票の罪に問われそうな方についても、経験豊富な弁護士がご相談を伺い、逮捕や厳しい刑罰を回避するための対応をいたします。
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