従業員に健康診断を受けさせるのは会社の義務? 拒否された場合は?

2023年01月19日
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従業員に健康診断を受けさせるのは会社の義務? 拒否された場合は?

厚生労働省が公表する「令和3年 定期健康診断結果報告(都道府県別)」によると、令和3年度に愛知県で健康診断を実施した事業場は9082あり、受診者数は112万8355名、有所見率は55.2%とのことでした。

従業員の健康診断実施に関して、「会社の義務として健康診断を受けさせなくてはならないのか」「拒否する従業員がいるときはどうしたらよいのか」などのように、ルールがよく分からないという会社経営者や人事部門担当者なども少なくないでしょう。また、「健康診断で取得した個人情報の取り扱い方に不安がある」という悩みがある方もいるかもしれません。

身近な健康診断であっても、多くの法的な問題があります。この記事では、従業員に健康診断を受けさせる会社としての義務や、従業員から受診を拒否された場合の対応などについて、ベリーベスト法律事務所 豊橋オフィスの弁護士が解説します。

1、会社が健康診断を実施する義務を負う根拠と罰則

会社には、従業員に対する健康診断実施の義務があるのでしょうか。健康診断は従業員のための福利厚生であり、会社にはそのような義務を負わないとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。
まずは、会社が健康診断を実施する義務の有無やその根拠などについて、ご説明します。

  1. (1)会社が健康診断を実施する義務の根拠

    会社は、労働安全衛生法第66条によって、健康診断実施の義務が定められています。福利厚生のような、会社ごとの任意の実施に任されているものではありません。

    法は、なぜ健康診断を実施させる義務を会社に負わせているのでしょうか。
    それは、会社が安全配慮義務を負っているからです。安全配慮義務とは、従業員の健康と安全に配慮し、危険な働かせ方をさせてはならないとする義務を意味します。

    したがって、安全配慮義務の一環として、会社は従業員の健康状態を把握し、その健康状態に応じて労働時間の短縮や作業転換などの措置を行い、各種疾病の発症または増悪防止を図るために、健康診断を実施することが必要です。

  2. (2)会社が健康診断を実施しなかったら罰則の対象になる

    労働安全衛生法第66条に違反し、会社が健康診断を実施しなかったら、どのような処分を受けるのでしょうか。

    この場合には、労働安全衛生法第120条に基づいて、会社側が50万円以下の罰金という刑事罰を受けることになります。刑事罰を受けることは会社の信用を大きく失墜させるものですので、違反しないように会社の体制を構築しなくてはなりません。

    また会社には、労働安全衛生法第105条において、知り得た従業員の秘密を漏らしてはならないという義務(秘密保持義務)があります。適切に健康診断を実施したとしても、秘密情報の管理体制が不十分にならないように注意してください。

    秘密保持義務に違反し、従業員の健康診断結果などの情報を漏えいしてしまった場合には、労働安全衛生法第119条により、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることになります。
    健康診断を実施した場合の情報管理についても、厳格に対応するようにしましょう。

2、健康診断の受診が必要な対象者や検査項目

健康診断を実施する義務を適切に果たすためには、その対象者や検査項目についても知っておくべきです。ここからは、健康診断を受けさせる必要がある従業員や検査項目のことを解説します。

  1. (1)健康診断の種類と検査項目

    労働安全衛生法で義務付けられている健康診断には、大きく2種類あります。それは、一般健康診断と特殊健康診断です。

    一般健康診断は全ての企業に義務付けられているもので、雇入れ時の健康診断と定期健康診断があります。定期健康診断は、1年以内ごとに1回実施しなければなりません。

    特殊健康診断とは、従業員が法で定められた一定の業務に従事する場合に義務付けられている健康診断です。たとえば、屋内作業場等における有機溶剤業務や鉛業務に常時従事する従業員の健康診断が該当します。
    なお、特殊健康診断は、対象となる業務によってそれぞれ検査項目が異なる点にご注意ください。

    以下では、雇入れ時と定期健康診断のそれぞれの検査項目を紹介します。

    <雇入れ時の健康診断の検査項目>
    1. 既往歴および業務歴の調査
    2. 自覚症状および他覚症状の有無の検査
    3. 身長・体重・腹囲・視力および聴力の検査
    4. 胸部エックス線検査
    5. 血圧の測定
    6. 貧血検査(血色素量および赤血球数)
    7. 肝機能検査(GOT、GPT、γ―GTP)
    8. 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
    9. 血糖検査
    10. 尿検査(尿中の糖および蛋白の有無の検査)
    11. 心電図検査


    <定期健康診断の検査項目>
    1. 既往歴および業務歴の調査
    2. 自覚症状および他覚症状の有無の検査
    3. 身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査
    4. 胸部エックス線検査および喀痰(かくたん)検査
    5. 血圧の測定
    6. 貧血検査(血色素量および赤血球数)
    7. 肝機能検査(GOT、GPT、γ―GTP)
    8. 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
    9. 血糖検査
    10. 尿検査(尿中の糖および蛋白の有無の検査)
    11. 心電図検査
    ※一部の検査項目は、医師が必要でないと認めた場合、省略することが可能です
  2. (2)健康診断の対象者

    健康診断は、雇入れ時健康診断も定期健康診断も、常時使用する労働者を対象とします。

    この「常時使用する労働者」とは、正従業員だけではなく、パートやアルバイトも一定の条件を満たした場合には、健康診断を実施しなくてはなりません
    具体的には、期限の定めのない無期契約者または有期契約で1年以上の雇用予定があり、週の労働時間が同種の業務を行う従業員の所定労働時間の4分の3以上労働時間があるパートやアルバイトも対象になるとされています。

    したがって、パートやアルバイトの従業員の勤怠管理においては、健康診断の観点からも十分に注意するようにしましょう。

  3. (3)健康診断の結果を見ることができる者の範囲

    実は法令上、会社で誰が健康診断の結果を見ることができるかについては、明確な定めが置かれていません。

    この点について、労働安全衛生法では、従業員の健康配慮のために健康診断の実施後に行うべき措置を、次のとおり定めています。

    • 会社は、健康診断個人票を作成し、保存しなくてはならない(同法第66条の3)
    • 会社は、異常の所見のある従業員には、健康保持のための必要な措置について医師の意見を聞かなくてはならない(同法第66条の4)
    • 医師の意見を参考にして作業の転換、労働時間の短縮などの措置を講じなくてはならない(同法第66条の5)


    このように、健康診断の結果を確認できることを前提にした規定がある一方で、健康診断の結果は非常にプライバシー保護の要請が高い個人情報であることから、労働安全衛生法に定められた措置の目的を達成する上で、必要最小限度の従業員にしか開示することは許されないと考えるべきでしょう。

    実務上は、健康診断の結果についての保管・管理などに関する社内規程を設けて運用するべきといえます。

3、健康診断の受診を拒否されてしまったときは?

従業員に健康診断の受診を促しても、拒まれてしまう場合はどうすればよいのでしょうか。健康診断実施の義務違反に抵触するのか、また従業員への対処法について解説します。

  1. (1)会社に対する処分

    健康診断の実施対象となる従業員が健康診断を受診しなかった場合には、会社は健康診断を実施する義務に違反したことになってしまいます。
    そのため、義務違反として、50万円以下の罰金という刑事罰を受ける可能性があります(労働安全衛生法120条)。これに対して、受診しなかった従業員は、罰則の対象にはなりません。

    なお、会社は常時50人以上の雇用がある場合には、定期健康診断の結果を一定の書式の書面によって、労働基準監督署への報告が必要です。
    関連して、会社側は健康診断個人票を作成し、5年間保存しなくてはならない義務もあります。

  2. (2)受診を拒絶する従業員への対応

    従業員が健康診断を受診しなかった場合には、会社が刑事処分を受ける可能性が生じるために、重大なコンプライアンス上の問題も発生してしまいます。

    労働者の健康状態を把握することは労務管理上重要であり、勤務中に他の従業員に感染するおそれのある疾患が存在することもあるために、企業秩序維持の観点からも、定期健康診断などを受診させることは重要です。
    したがって、会社命令によって受診させ、それでも拒否する者に対しては懲戒処分をもってして受診させるべきといえます。

    ただし、懲戒解雇処分は難しいと考えられますので、けん責、減給といった軽めの懲戒処分から検討するべきでしょう。

4、会社の義務や規則に関する悩みは弁護士に相談を

従業員に健康診断を受診させる義務があるため、会社としては健康診断を受診させるための仕組み作りや個人情報に関する規程を設けなくてはなりません。
また、健康診断の受診を拒否された場合には、懲戒処分を念頭に置きつつ、慎重な対応が求められることになります。

このような社内体制の構築や社内規程類の作成、トラブル事案への対応は、弁護士に相談することで、解決または問題発生のリスクを抑えることが可能です。

また、将来起こり得るトラブルを回避・予防するためには、顧問弁護士の契約を検討することも推奨されます。そうすることによって、金融機関や取引先などからの信用を得ることにもつながるでしょう。

5、まとめ

健康診断の受診という身近な話題であっても、これを会社が適切に遂行することにはさまざまな課題があります。適切な体制を構築できていなかったことで、刑事処分を受ける可能性すらあり、法的な観点をもって十分な対応が必要です。

ベリーベスト法律事務所 豊橋オフィスでは、労務問題や社内規程への対応、社内体制構築に関する豊富なご相談の取り扱いがあります。

顧問弁護士を検討したい・従業員とのトラブルで困っていることがあるなどの場合には、お気軽にベリーベスト法律事務所 豊橋オフィスまでご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています