本人の不注意が理由のときは労災を使えない? 労働者が行える対応
- その他
- 労災
- 本人の不注意
愛知労働局が公表する「労働災害発生状況(令和3年)」のデータによると、令和3年に愛知県内で発生した休業4日以上の労働災害(労災)数は7989件でした。令和元年は6986件、令和2年では7460件と、労災の件数は年々増えている傾向です。
とはいえ、業務中に負傷したケースであっても、会社が労災申請への協力を拒否しているケースなどがあるでしょう。中には、「本人の不注意だから労災扱いにはしない」などと説明される場合もあるようです。
しかし、本人に過失があったか否かにかかわらず、労災保険給付を受けることはできます。労災に関する正しい知識を持って、会社側の言動に惑わされず、適切にご対応ください。
今回は、本人の不注意により業務中・通勤中にケガなどをした場合、労災保険の取り扱いはどうなるのか、ベリーベスト法律事務所 豊橋オフィスの弁護士が解説します。
1、本人の不注意が原因でも、労災認定は受けられる
工場や工事現場での作業中に機械の操作を誤るなど、本人の不注意が原因でケガをしてしまうことがあるでしょう。仮に本人に何らかの過失があったとしても、過失がない場合と同様に、労災認定の対象となります。
ここからは、労災認定の要件や保険金、申請について説明します。
-
(1)労災認定の要件|業務災害・通勤災害
労災認定は労働基準監督署が判断を下しますが、「業務災害」と「通勤災害」のいずれかに当たるケガ・病気・障害・死亡について行われます。
業務災害・通勤災害の要件は、それぞれ以下のとおりです。
<業務災害の要件>
① 業務遂行性
ケガや病気などが、使用者の支配下にある状況において発生したこと
② 業務起因性
使用者の業務とケガ・病気などの間に、合理的な因果関係があること<通勤災害の要件>
① 以下のいずれかの移動に当たること- 住居と就業場所の間の往復
- 就業場所からほかの就業場所への移動
- 単身赴任先住居と帰省先住居の間の往復
② 移動と業務が密接に関連していること
(例)- 被災した移動の当日に就業が予定されていたこと、または就業したこと
- 単身赴任先住居と帰省先住居の移動中に被災し、その移動の前日・当日・翌日が就業日であったこと
③ 合理的な経路・方法での移動であること
※遠回りや寄り道は原則として不可
④ 移動が業務の性質を有しないこと
※業務の性質を有する場合は、業務災害の該当性が問題になる -
(2)過失があっても労災保険給付の支給・金額に影響はない
被災労働者本人に、ケガの発生・発病などについて過失があったとしても、労災保険給付の支給可否やその金額に影響が生じることはありません。
なぜならば、業務災害・通勤災害の要件に、「被災労働者に過失がないこと」といった条件は含まれていないからです。したがって、被災労働者に過失がある場合でも、業務災害または通勤災害の要件を満たせば、労災保険給付を受給することができます。
また、債務不履行や不法行為には民法の「過失相殺」の考え方が用いられますが、労災保険給付には適用されません。
よって、過失の有無や程度にかかわらず、労災認定を受けることで、労災保険給付を全額受給することが可能です。
2、会社が労災申請に非協力的な場合の対処法
労災に関する知識が不十分、または労災隠しをしたいなどの理由で、被災労働者(労災に遭った方)に対して「本人の不注意だから労災扱いにはしない」などと説明する会社があるようです。もし会社が労災申請に非協力的な場合は、被災労働者として、以下の対応を取りましょう。
-
(1)労災の要件を説明する
業務災害・通勤災害の要件は前述のとおりであり、被災労働者の過失に関する要件は一切含まれていません。したがって、会社から「本人の不注意だから労災扱いにはしない」などの説明を受けたとすれば、それは完全な誤りです。
もし会社の側に認識違いがあるようなら、労災の要件を説明して、法的に正しい取り扱いをするように求めましょう。 -
(2)労災隠しは違法であることを説明する
労災保険料を上げたくない、労災による社会的評判の低下をおそれているなどの理由で、労災隠しを試みる会社が一部存在するようです。
しかし、社内で労災が発生した場合、会社は所轄の労働基準監督署長に対して「労働者死傷病報告」を提出し、労災事故の報告を行わなければなりません。もし労働者死傷病報告の提出を怠れば、その会社は「50万円以下の罰金」が科されます。
会社が労災隠しの意図を持っているようなら、労災隠しの違法性を説明して説得を試みましょう。 -
(3)労災の申請は会社の協力がなくても請求できる
労災保険給付の請求は、たしかに会社の協力があった方がスムーズに行えます。しかし、仮に会社が非協力的であったとしても、被災労働者が自分で労災保険給付を請求することが可能です。
請求方法については、労働基準監督署の窓口で案内・アドバイスを受けられます。もし会社が手続きに協力してくれない場合には、労働基準監督署に従い、ご自身で請求を行ってみると良いでしょう。 -
(4)会社に対する損害賠償請求を検討する|過失相殺に注意
労災保険からの給付額は必要最低限で、全損失に払われるものではなく、慰謝料は給付に含まれません。そのため、労災保険給付の請求と並行して、労災に関して会社への損害賠償を請求することも選択肢のひとつです。
会社に対する損害賠償請求の根拠は、「使用者等の責任」または「安全配慮義務違反」です。
<損害賠償請求の根拠>
① 使用者責任(民法第715条第1項)
労働者が事業の執行について第三者に損害を加えた場合、事業主や経営者などの使用者も損害賠償責任を負う
② 安全配慮義務違反(労働契約法第5条)
事業主や経営者などの使用者は、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるように、必要な配慮をする義務を負う
安全配慮義務に違反した結果、労働者がケガをしたり、病気にかかったりした場合、使用者は労働者に対して損害賠償責任を負う
給付額が損害の補填に不十分だと感じる場合には、損害賠償請求をご検討ください。
損害賠償請求が可能だと考えられるケースは、以下のとおり2つあります。
<会社に損害賠償請求できると考えられるケース>
① 不法行為責任(使用者等の責任)
(例)- 運転免許を保有していない第三者が運転するトレーラーにひかれた
- 第三者が操作するクレーンから、つり下げていたものが落下して負傷した
- 第三者が運転するトラックの助手席に乗っていたところ、運転手の不注意によりガードレールに追突し、負傷した
② 安全配慮義務違反
(例)- 工事現場で作業中、自分が操作していた機械に巻き込まれて負傷した
- 会社設備である階段の点検不足により、落下して負傷した
- 業務過多による過重労働が長期間続き、就業中に心筋梗塞で倒れた
安全配慮義務違反に問えるかどうかは、職種や労働環境など、具体的な事故発生のケースによって判断されます。どのようなケースにしても、会社や第三者に対する損害賠償請求を行うのであれば、弁護士に相談をするようにしましょう。
前述のとおり、労災保険給付には過失割合の考え方が用いられることはありませんが、被災労働者に過失がある場合には、損害賠償額の算定時に過失割合に応じた減額(過失相殺)が行われる可能性がある点に注意が必要です(民法第418条、第722条第2項)。
3、労災申請を自分で行う方法
労災申請を自分で行う際は、療養給付や休業給付などの「労災保険給付の請求」という手続きを行いましょう。手続き方法としては、労働基準監督署長宛に必要な書類を提出するだけです。詳しくは、以下の手順をご確認ください。
-
(1)労災保険給付の請求書を入手・作成する
労災保険給付を請求するときは、給付の種類に応じた請求書を作成する必要があります。給付の種類は以下のとおりです。
<労災保険給付 7つの種類>
① 療養(補償)給付
治療費や入院費などの実費相当額
② 休業(補償)給付
休業4日目以降の平均賃金の計80%
③ 障害(補償)給付
認定される障害等級に応じた補償金
参考:「障害等級表」(厚生労働省)
④ 遺族(補償)給付
死亡した被災労働者の遺族に対する生活保障
⑤ 葬祭料・葬祭給付
死亡した被災労働者の葬儀等の費用補填
⑥ 傷病(補償)給付
傷病等級第3級以上に該当する重篤な負傷や疾病が、1年6か月以上治らない場合の補償
⑦ 介護(補償)給付
第1級または第2級の精神・神経障害および腹膜部臓器の障害により、要介護となった場合の介護費用に関する補償
労災保険給付の請求書は、以下の厚生労働省のサイトからダウンロードできるほか(記載例あり)、労働基準監督署の窓口でも交付を受けられます。
(参考:「労災保険給付関係請求書等ダウンロード 」(厚生労働省))
まずは様式を入手して、記載例に沿って請求書を作成しましょう。 -
(2)添付書類を準備する
請求する労災保険給付の種類によっては、請求書以外に添付書類が必要な場合があります。以下をご参考ください。
<労災保険給付請求の添付書類>
① 療養(補償)給付(指定医療機関以外)
治療費の領収書など
② 休業(補償)給付
特になし
③ 障害(補償)給付
医師の診断書など
④ 遺族(補償)給付
死亡診断書、戸籍謄本、生計維持の関係を証明できる書類、他の年金の受給に関する書類など
⑤ 葬祭料(葬祭給付)
死亡診断書など
⑥ 傷病(補償)給付
特になし(手続きも不要)
⑦ 介護(補償)給付
医師が発行する診断書、介護費用の領収書など
※交通事故などの第三者行為災害の場合、以下の書類も併せて提出- 第三者行為災害届
- 念書兼同意書
- 示談書の謄本または写し(示談が行われた場合)
- 死体検案書または死亡診断書(死亡の場合)
- 戸籍謄本(死亡の場合)
- 交通事故証明書または交通事故発生届(交通事故の場合)
- 自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)等の損害賠償金等支払証明書または保険金支払通知書(交通事故の場合)
添付書類については、労働基準監督署の窓口でも案内を受けられますので、その内容に従って準備しましょう。
-
(3)労働基準監督署の窓口へ提出する
請求書や添付書類がすべてそろったら、実際に労災保険給付の請求を行います。
請求先は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長です。
労働基準監督署の所在地は、以下の厚生労働省のサイトからご確認ください。
(参考:「全国労働基準監督署の所在案内 」(厚生労働省))
4、会社に損害賠償を請求したい場合は弁護士にご相談を
労働災害について会社に損害賠償を請求する場合、弁護士へのご相談がおすすめです。
個人で損害賠償を請求したとしても、会社は労働者側の主張を聞き入れず、独自の立場から反論してくることが予想されます。
特に、労働者本人の不注意があったケースでは、そのことを会社が過剰に取り上げて、損害賠償の支払拒否または減額を主張してくるかもしれません。
労働者側としては、損害賠償請求の法的な根拠を明確に提示することが大切です。
弁護士にご相談いただければ、過失割合の点を含めた法的主張の検討や、会社との交渉の代行などを通じて、適正な損害賠償を獲得できるようにサポートいたします。
会社に対する労災事故の損害賠償請求を行いたい方は、お早めに弁護士までご相談ください。
5、まとめ
労災保険給付は、被災労働者本人に何らかの不注意(過失)があった場合でも、全額を請求できます。
会社が「労災扱いしない」などと主張してきても、惑わされることなく労災保険給付を請求しましょう。また労災に遭った場合には、会社に対する損害賠償請求を行うことも選択肢のひとつです。
ベリーベスト法律事務所は、事案の法的検討や会社との交渉の代行などを通じて、適正な損害賠償を早期に獲得できるように労働者をサポートいたします。
労災によるケガ・病気などにお悩みの労働者の方は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所 豊橋オフィスにご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています